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妊娠22週で切迫早産と診断され妊娠24週700gで出産した話

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どうも。「テラカワ」です。



今回の記事は22週で切迫早産と診断されてから出産までの体験談。



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妊娠~出産~退院までの話

妻が妊娠中に切迫早産と診断されてから子供が退院するまでの話。



かなサクッとまとめていますけどマジで長期戦です。




消耗しました。





また、子供の障害や後遺症の詳しい記載は控えます。


妊娠21週で切迫早産の可能性を指摘される

妊娠初期に切迫早産と悪阻で苦しみましたが16週頃にはそれらを乗り越えことができました。体調が回復してこれからマタニティライフを満喫しようとしてた矢先の話しです。


妻は病院ではなく開業医の産婦人科で妊婦検診を受けていました。21週の妊婦検診で頸管長が短いとのこと。1週間後に改めて診察し、それまでの期間は薬を飲みながら自宅安静という指示でした。

妊娠22週で切迫早産

改めての診察で「切迫早産」と告げられました。頸管長が0.7mしかなく、いつ産まれてきてもおかしくない状況だったそうです。


度々お腹が張ってはいたものの、ほんとうに予想外に急な出来事でした


医者からは「妊娠を継続するか」or「死産させるか」という判断に迫られました。ざっくりとですが説明された内容は

  • 今産まれてきたら生存率はかなり低い
  • 命が助かったとしても後遺症が残る可能性は高い

みたいな話でした。後遺症は肺や目の障害、脳性麻痺などです。


わたしたちは「妊娠を継続する」と決め、翌日妻はNICUのある大きな病院に救急車で移動しました。


ブログなんで結構淡々と書いていますが、実際はマジで頭が真っ白になりました(笑)当たり前ですが人生で一番キツイ時間でしたね。

妊娠22週から入院生活

引っ越し先の病院で改めて診察をしてもらい「切迫早産」と診断されます。前日よりも状況は悪化しており、既に子宮口が開いている状態でした。


もっと早く頸管長が短い事がわかっていれば子宮口を縛る手術もできたそうです。わたしたちの場合は見つかるのが遅くて間に合いませんでしたが。


妻は出産まで期間を病院のベッドで過ごすことになります。具体的にどんな生活をしていたかというと

  • 立つ・歩く・体を起こす禁止
  • トイレや食事はベッドの上で寝ながら

という超過酷な状況です。

毎日張り止めの点滴を打ち続けるので、腕はアザだらの痛々しい姿になました。副作用で動悸や倦怠感などにも襲われ体力的にも精神的にかなりキツイ生活です。いつ生まれてくるかわからない恐怖感の中、そんな生活を約3週間続けました。

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24週で帝王切開

子宮口が開きながらも24週まで妊娠を継続することができました。


25週目を目前にしたある朝、子宮口の開きが大きくなったため帝王切開での出産を迎えました。


体重は約700gほど。


初めての息子と対面した時の感想は


「グロ!ほんとうに生きてるの?」


です。


全身が赤黒色に覆われてとても全く動かず、とても生きているようには思えませんでした。

2ヵ月~3ヵ月は子供の容態になにが起きるかわからない

出産後、NICUの医師から息子の容態についての説明。

2ヵ月~3ヵ月の間は何が起きるかわからないとのこと。

  • 死亡
  • 肺の疾患
  • 脳性麻痺
  • 未熟児網膜症
  • 壊死性腸炎

などなど。

案の定、息子は「新生児慢性肺疾患」という症状で2~3回ほど体調が悪くなりました。


肺が未完成の状態で生まれため、肺の調子はかなり良くない状態がしばらく続きます。自力での呼吸が難しいため、口から呼吸器の管を入れた状態が2ヵ月ほど続きました。

生後4カ月間はNICUで治療

産まれた日からNICUでの治療が始まります。結局4ヵ月間NICUで過ごしました。

この4ヵ月間は本当にいろいろありました。

  • 新生児慢性肺疾患で何度も体調を崩す
  • 初めて目を開いたのが生後1ヶ月
  • 未熟児網膜症の発症
  • 人工呼吸器がなかなかとれない

などなど

ほんとうに生と死と障害の狭間をさまよい続けた期間です。


息子を初めて抱っこできたのが生後2ヵ月を過ぎた頃でした。


そのころには鼻マスクの呼吸器に取り替えられ、肺の疾患が安定してきた時期です。

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GCUにもしばらく入院

NICUの次はGCU(新生児治療回復室)に移って治療を続けました。



GCUでは主に退院に向けての準備を行います。



退院の準備とは授乳や沐浴の練習の他に、リハビリや後遺症の検査などです。



この段階で「命の危険」みたいなのはありませんでした。しかし後遺症などの検査がかなり多いので気が休まることはまずありませんね。


退院するには「自宅で生活できるようになる」レベルまで成長と治療が進むことが条件。


そこまで至るまでの期間も長かったです。

今回の出来事を経験して思うこと

妊娠初期にも切迫早産を経験しているからね。そりゃ1年くらいは緊張感がある生活が続きましたよ。



ってことで今回の経験から思うこと。

NICUにいた頃は毎回「これが最後かもしれない」って思いながら面会していた

コレ結構きつい。出産前後に医者から出産のリスクを聞かされますからね。



面会終えて帰ろうとする時、「次回の面会まで生きているのかな?」って必ず頭をよぎりました。


今回の面会が最後かもしれないっていう縁起でもないことが可能性として十分ありましたからね。



超低体重出生児の生存率をみたらマジでテンション下がりますよ。



ほんとうに生死をさまよっていることを実感します。

退院しても発育や成長の不安は続く

退院して赤ちゃんが家にいることが素直に喜べませんでした。


もう心配しかないです。

  • 将来的に自立できるのか
  • もし自立できなかったらおれが死んだあとらどうするのさ!
  • てか学校とかいけるの?

親だから子供の責任とるのはあたりまですけど。



多分これは後遺症あろうがなかろうが悩んでいたと思う。

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もしも産後間もなく死亡していたら一生後悔する

これなんでかっていうと、わたしたちみたいな少ない週数で帝王切開するリスクってかなり高いんですよ。



理由は省きますが、妊娠を継続するにあたって次回の妊娠は難しいって医者の説明がありました。



もし、今回の赤ちゃんを諦めていれば帝王切開の必要もないので次の妊娠にリスクはないということ。



ほんとうにシビアな選択ですからね。今でもこの選択が正しかったのかはわかりません。

ドラマ「コウノドリ」みたいなことはガチでおきる

実際にお産のトラブルってドラマみたいに美談にならないことがほとんど。



コウノドリは視聴者に感動を与えるけど、ガチでお産のトラブルに一切の感動はありませんね。


テンションが下がることしかありません。



そして妊娠~出産にはすんごいリスクがあることをこの記事を読んだ人の頭の片隅に残しておいてほしい。



おしまい